女優フランシス

女優フランシス 女優フランシス:FRANCES
監督:グレーム・クリフォード 出演:ジェシカ・ラングサム・シェパード、キム・スタンレー (1982年・アメリカ映画)
昨夜、不意に観たくなって...今もスッキリしない頭と気分。コンディションの悪い時に何故この映画を再見したのだろう?でも、初めて観た時は10代で、痛々しさと可哀相という感情が大きかったけれど、今はまた違う感情が入り混じって、さらに私は困惑し考える。たかが映画というけれど、”映画は文学に負けていない”と嘗て語っておられた淀川長治さんのお言葉が甦る。映画は娯楽であり、一冊の本を読むような気持ちでいるような気がする。



フランシス・ファーマーという実在したハリウッド女優の数奇な半生の伝記映画。女優フランシスに扮するのはジェシカ・ラング。フランシスをずっと支え続けてきたハリー・ヨークにはサム・シェパード(実生活でもこのお二人はこの作品以降パートナー)。初見から随分年月が経ち、今の私が嘗ては考えることのできなかったものが今は感じることができる。ただ可哀相ではなく、フランシスの孤独な葛藤、闘いから一人の女性の生き方、信念の尊さを。故に、”夢の工場"ハリウッドの犠牲者となってしまったのだとも。今の体制とは時代もシステムも違うのだから。当時は会社の工員の一人に過ぎない女優という時代。華やかなイメージだけに魅せられてしまう、そこに夢を見続けたフランシスの母もそんな時代の象徴の様にも感じた。それにしても、実の娘をロボトミー手術させるなんて!父親の存在も弱く、母から自立も出来ず、会社とも意見が合わない。二重のジレンマが常にあった。権力は怖い。会社に反抗すれば簡単に血祭りにあげられてしまう...そんな時代。そして、第二次世界大戦が始まるという時代を生きたフランシス。



私はフランシス・ファーマーという女優さま、ほとんど知らない。資料的なものを読んで知っている事柄がいくつかあるに過ぎない。舞台演劇、映画と演技派(お写真を拝見してもとてもお美しいお方)の女優さまだったそうだ。自分の演技にも信念があるので、言われるがままのお人形のような扱いに不満が募る。そんなうちに幾種類もの安定剤だろうか?劇中ベッドの傍のテーブルに散らばる錠剤たちにハッとした。マリリン・モンローの死が過ぎった...。



取り留めの無い想いを綴っている。ジェシカ・ラングは同じ年の作品にダスティン・ホフマンとの『トッツィー』があるけれど、私はジェシカ・ラングを知ったのはこの『女優フランシス』。それ以降、現在は母親役も多くなっているけれど、主役も脇役も出来る素晴らしい女優さまで出演作はどうしても観てしまう。サム・シェパードはここでも寡黙でハンサムでインテリが嫌味の無いお方で素敵すぎる。ハリー・ヨークの語りの部分がいくつかあるのだけれど、彼は作家でもあるのでその語りはとても詩的に響く。ジェシカ・ラングはこの難役を静かに演じている。熱演とは私には感じられず、その情熱の炎は心の奥底に保ちながら、静かな演技。凄い!と再認識した。物分りの悪い母親役のキム・スタンレーも素晴らしいと思えた。見事な憎まれ役。



ラストの活字がまた重い。「フランシスは映画を1本撮った後、引退してテレビの司会者などを得、70年8月1日死去。享年56歳。生きる時も死ぬ時も、一人であった。」と。精神病院に強制的に収容されロボトミー手術を施され(全て自分の意でない)、感情をコントロールさせられてしまったのだ。16歳で「神は死せり」という本を書き高校で入賞した少女フランシス。とても感性豊かで繊細で自分の意思の強い、そんな素晴らしい個性を潰されてしまったのだ。ハリウッドの犠牲者としか思えない。突出した感受性、それは表現者として大切なものなのに。時に障害ともなるだうけれど...。



私の好きなフランスの歌姫、ミレーヌ・ファルメールMylene Farmer♥ミレーヌはこのフランシス・ファーマーからFarmerと芸名にされたという程、影響を受けた大好きな女優さまだと知り、ここはミーハーな私。”ミレーヌもこの映画を観たのだ”と思い嬉しくなる。と同時にミレーヌのことなので、深い深い思慮に向かわれたと想像し、そんな空想までに及んでしまった。



好き嫌いの分かれるような映画かもしれない。でも、私は気分爽快ではないけれど、とてもこの映画が好き。

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追記